birdviewは、tradigi.jp編集部がお届けする貿易+デジタルをテーマにしたコラムです。今回は、tradigi.jpを運営する一般財団法人日本貿易関係手続簡易化協会(JASTPRO)自身による日本輸出入者標準コード(JASTPROコード)を通じた適正通関に向けた取り組みについて、第3回で取り上げた税関当局との「密輸防止に関する覚書」締結から続くトピックをご紹介いたします。
輸入2億件時代、税関の課題は「情報の非対称性」
第3回でも紹介した通り、近年、越境ECの急速な拡大により、日本の輸入申告件数は年間で2億件に迫る勢いです。一方で、不正薬物や知的財産侵害物品の密輸は後を絶たず、安心・安全な社会を維持するための水際対策は喫緊の課題となっています。

輸入許可件数の推移(出典:財務省関税局)
情報の非対称性が生むリスク:レモン市場問題
そこで「メリハリのある審査・検査」が求められるわけですが、税関は輸入者の資質や申告内容を完全に把握できないため、ホワイトな企業(高いコンプライアンスを維持する企業)とブラックな企業(不正リスクの高い企業)を区別することが困難です。
この構造は、ゲーム理論でいう「レモン市場問題」に似ています。
「レモン市場問題」とは?
レモン市場では、売り手は商品の品質を知っているが、買い手は判断できないため、平均的な価格しか示せず、その結果、高品質の商品は市場から退出し、低品質の商品だけが残り、市場が崩壊するリスクがあるという問題のこと。レモンは、買った後で問題が判明するような低品質な中古車を指す米国の俗語。
この場合の「売り手」を「申告者」、「買い手」を「税関」とすると、申告者は自社の資質を知っているが、税関にはそれが分からないため、税関は平均的な審査・検査を行ううほかなく、その結果良質な申告者は過剰な検査を受け、不審な申告者の見逃しが起きてしまうという、誰も幸せにならない状況が発生することになります。
レモン市場におけるシグナリング
このような市場では、売り手の取れる方策として「シグナリング」が戦略的に有効とされています。シグナリングとは、売り手が「自分の商品は良質である」という証拠を示す行動です。保証(=自信の宣言)・第三者評価(=客観的な信頼性)・ブランド(=信頼の象徴)などが典型的なシグナルとして機能するとされています。
現状の対応策
現在、税関はAEO(Authorized Economic Operator)制度を活用し、信頼できる事業者を識別する仕組みを整えています。AEO制度は、税関が貨物セキュリティとコンプライアンス体制を認証した企業に検査省略などの優遇措置を付与するものです。先に述べたシグナリングにおける「第三者評価」に当たると言えるでしょう。しかしながら、AEO認証には厳格な要件と継続的な管理が必要で、中小企業にとっては取得・維持の負担が大きく、本稿執筆時点(2025年12月)でAEO認定事業者は総数で750者強、特例輸入者(=輸入AEO)に至ってはわずか100者程度にとどまっています。
信頼性情報へのニーズ
さて、tradigi.jpを運営するJASTPROが発給する日本輸出入者標準コード(JASTPROコード)は、NACCSなどの輸出入デジタル手続で利用するための企業識別コードです。JASTPROコード登録は有償であるため、結果的に継続的な貿易を行う意思のある企業が登録しています。また、登録にあたってはJASTPROが輸出入者の実在性確認を行っています。
コード登録者の多くは、規模の大小を問わず、継続的に輸出入を業として行っている事業者様です。そのようなこともあり、通関関係者の間ではJASTPROコードに一定程度の「ブランド感」を持っていただいています。しかし、現行のJASTPROコードが持つ情報は、基本的な企業情報(社名、住所など)にとどまり、コンプライアンス体制やリスク管理の詳細まではカバーしていません。他方、税関だけでなく、コンプライアンス向上を目指す物流パートナーや、マネー・ローンダリング対策に取り組む金融機関は、より詳しい信頼性情報を求めています。
企業独自のコンプライアンス情報登録機能を追加
そこで、JASTPROでは、新たな仕組みとしてコード登録者が自社のコンプライアンス情報(内部統制、認証取得状況など)や貿易取引概要(相手国、商品、サプライチェーン情報など)をJASTPROコードの付加情報として登録する機能を追加します。つまり、コード登録者ご自身が「自社は良好な資質を持つ事業者である」ことを示せるための機能強化になります。
コード情報提供サービスでシグナリングを共有
同時に、そのようにしてコード登録者が追加した付加情報(貿易に係るコンプライアンス体制やリスク管理の詳細)を、買い手側、すなわち税関や物流パートナー、金融機関といった情報を求める利用者に提供するサービスを開始することにしました。これにより、売り手(=コード登録者)は自社のブランド価値を高められ、買い手(=税関や物流パートナー、金融機関)が参照可能な形で信頼性情報を共有できるようになります。
期待される効果
この仕組みによって、税関においては審査のリスク分析は高度化し、不審な申告をより正確に抽出できることが期待できます。さらに、コード登録者にとっては、信頼性が可視化されることで、検査の減少などスムーズな通関が実現し、業務効率向上やコスト削減につながることが期待できます。また、企業間取引でも、相手企業のコンプライアンス状況を確認することが重要であり、この仕組みはその判断材料をパートナー企業に提供することでB2B取引においても取引先選定の効率化やリスク低減に寄与します。結果として、企業間取引の環境が健全化し、国際物流全体の透明性にも寄与できるものと考えています。
貿易取引におけるレモン市場問題の解決策
JASTPROコード登録者による自社コンプライアンス情報登録機能は2025年度にリリース予定です。また、その情報を提供するサービスについても、2026年度中のサービス開始を目指しています。
この仕組みは、情報の非対称性を縮小することで税関や取引相手に「良質なプレイヤー」を識別可能とし、レモン市場問題の解消を目指すものです。多くのJASTPROコード登録者に自社情報を積極的に登録いただき、ブランドの価値を高めていただきたいと願っています。