2025.10.02 おすすめ記事

CRMホワイトペーパーシリーズ(2)CRMプロジェクトとは

CRM(重要原材料)は、再生可能エネルギーへの移行やデジタル経済、国家安全保障において重要とされる物質の総称です(CRMの概要については連載第1回もご参照ください)。EU電池規則により、電気自動車(BEV)用バッテリーは2027年からDPP(デジタル製品パスポート)の導入が義務付けられます1。実経済に対するDPPの導入を目前に控え、貿易円滑化を目指して活動する国連CEFACTでは、CRMプロジェクトを立ち上げました。本記事は、CRMホワイトペーパーシリーズの2回目として、CRMプロジェクト成立の背景と目的、その展開や目標を説明していきます。

CRMプロジェクトは、グリーンウォッシング撲滅を目指す

このプロジェクトの主な目的は、グリーンウォッシングに対処することです。グリーンウォッシングとは、「見せかけだけの環境配慮」とでも言うべき行為です。資源採掘過程における環境への配慮や加工工程における労働者の人権尊重といったサステナビリティ(持続可能性)に関する実態は、製品の見た目からは判断できません。証明書が存在する場合でも、偽造したり誤った情報を提供することで製品がESG(環境・社会・ガバナンスに配慮すること)の基準を満たしていると見せかける可能性があります。CRMプロジェクトでは、こういったグリーンウォッシングと防ぐことを目指しています。

グリーンウォッシングの有無で市場が大きく変わる

グリーンウォッシングが増えてしまうと、消費者はサステナビリティに配慮した製品を見分けられなくなってしまいます。結果的に、製品そのものの信用が損なわれ、高い金額で購入する意欲も失われてしまうことになります。悪貨が良貨を駆逐するように、企業によるESG遵守のモチベーションも失われていくでしょう。しかし、誤情報の流通を難しくすることで消費者は製品情報を信頼し、サステナビリティを満たした製品を積極的に購入できるようになります。こういった正のスパイラルを通じ、企業の正確な情報を提供する動機が高まることになります2

サステナビリティはOK?自称ではダメ

グリーンウォッシングをなくすためには、サプライチェーンにおけるトレーサビリティと透明性を高めることが欠かせません。DPPは現実世界の製品(physical product)のデジタルツイン(digital twin:現実世界の「製品情報」をそのままデジタル世界で再現すること)として、サプライチェーン全般にわたって原材料の取得、加工、運送などの情報をすべて記録、開示するツールとして大変役に立つことになります。しかし、これを達成するためには、情報を客観的に検証するための仕組みが整っていることが前提となります。そうでなければDPPは情報の正確性や信頼性を確保できない単なる器に過ぎず、デジタルツインとしての価値も失われ、グリーンウォッシングを防ぐことはできません。また、製品情報はデータの集まりでもあります。そのデータが何を意味するのか、誰にでも理解できる形になっていない場合もあります。従って、そのデータがどういった情報を表すのか、その形が誰にでも理解でき、同じように使えるために標準が必要となります。

それでも足りない(1):相互運用性

ここまで、DPPには客観的な証明が求められることを紹介してきました。実はこれでもまだ充分ではなく、相互運用性に関する考慮も求められます。DPPは、その情報を処理するコンピュータが正しく理解できる(Machine readable)必要があります。DPPの情報をコンピュータが正しく読み取れなければ、規制や標準を満たす以前に、DPPの要である「D=デジタル」の意義が失われてしまうわけです。

この問題は二つの原因から起きます。一つ目は、異なるプラットフォームの利用によるデータフォーマットの違いです。二つ目は、標準と規制の増加がもたらす混乱です。世の中に数多ある標準と規制は、その内容において重複する要素を多く持ちながらも、きちんと相互運用性を確保できているケースは多くありません。その結果、複数の市場へ進出する場合、それぞれの市場に適用する標準を都度確認し、市場ごとの標準や規制に従うための工数が求められることになり、いわばコンプラ疲れとも言える現象を起こすことになります3

それでも足りない(2):信頼性

DPPを効果的に活用するためには、まず商品と、その商品に紐づけられた情報の双方が真実かつ正確であることを確保する必要があります。実在する商品に偽情報が付与されている場合や、逆に偽物に正しい情報が結び付けられている場合、さらには商品・情報の双方も偽物の場合など、いずれのケースも許容されてはなりません。そのため、真偽を確認する手段が必要ということです。ここに、データと、製品の真偽や仕様を確かめる適合証明書の信頼性に関する課題が浮き上がってきます。

基準に適合する証明書は存在するのか、その証明書は本当に関連する機関によって発行されたものか、その機関は認可されたものなのか、さらにその認可は誰によって行われたのか4。こういった点がすべて追跡・証明可能である必要があります。

国連CEFACTの提案:UNTP

こういった課題への解決案として、国連CEFACTのCRMプロジェクトチームでは「国連透明性プロトコル(United Nations Transparency Protocol:UNTP)」を提案しました。UNTPを一言で説明すると「現存するあらゆるシステムをサポートできるプロトコルであり、サプライチェーンにおける透明性の関連課題への対応を図るもの」となります。このプロトコルは、データ本体、データの検索、データの理解、データの安全性と正確性確保、データの価値測定と向上という五つの柱で構成されています。その中ではUNTP-CRMと呼ばれる標準案も用意されており、これはCRMサプライチェーンの上流・中流における関連データの可読性向上を支援するものとなっています。詳しい仕組みや内容は、次回以降に説明する予定です。

それでも足りない(3):法の抵触問題

もう一つ足りない要素があります。国際サプライチェーンは、色々な国を跨いで構成されます。CRMの場合、例えば原材料はコンゴ民主共和国で採掘、インドネシアで加工、EUで販売、使用、リサイクルされる、といったことがよくあります。この場合、DPPにおいて越境する情報交換には様々な疑問が生じます。例えば、CRMの定義やDPPが求める情報が異なることによって、問題なく関連情報を提供できる国もあれば、自国の政策により情報提供を拒否する国もあり得ます。こういうケースにはどう対処するのか。また、DPP内部のデータを規制する権利は、どこの国が持てるのか、CRMバッテリーのサプライチェーンに、どの国の法律を適用すればよいのか。DPPに関しては、抵触する懸念のある法的問題がたくさん残っています。

国連CEFACT:法の抵触ホワイトペーパー

この問題への対応として、国連CEFACT CRMプロジェクトメンバーのうち法律専門家たちが新しいサブチームを組成しました。DPPやCRMに関わる法的問題をすべて解決するとまでは言えないものの、解決策を探るために考慮すべき要素を、問題の解析と合わせてホワイトペーパー案にまとめたのです。ホワイトペーパー案は2025年6月までパブリックレビューが行われ、国連CEFACT事務局にて公開に向けた手続きが行われ、2025年9月末に公開されました

ホワイトペーパー案には、CRMバッテリーサプライチェーンにおける法的協力を強化するために、原則としてデジタルトレーサビリティのための国際法の制定と現存法律枠組みを活用すること、確実性と予測可能性の確保、管轄区域間の規制の相互承認の達成などが含まれています5。詳細は本連載の最終パートにて紹介する予定です。

CRMプロジェクトの目標とKPI

このプロジェクトでは、トレーサビリティと透明性の改善によるCRMサプライチェーンのサステナビリティ(持続可能性)とレジリエンス(強靭性)の向上を目指しています。これには、環境への影響を最小化すること、人間の福祉を最大化にすること、高リスクな依存関係を避けて混乱に耐えうるサプライチェーンの構築などが含まれています6

また、パイロット実装段階での重要業績評価指標(KPI)も定められています。これには、50のCRMサプライチェーン関係者、5つのソフトウェアプラットフォーム、5つのサプライチェーン、5ヶ国に渡ってトライアル利用され、1万以上の出荷物の透明性関連情報を開示するという、具体的な基準が挙げられています7

国連CEFACT、CRMとDPPプロジェクトで再び注目へ

国連CEFACT事務局では、この1、2年の間に議長を始めとした世代交代が進みました。CRMプロジェクトは世代交代前から始まっていた取組みでしたが、チームは現在国連CEFACTが直面している関心の低下という問題を意識しながらプロジェクトに取り組んでいます。DPPは、広く認知されており、さらに早急な対応が必要な課題です。国連CEFACTの得意分野である標準化という視点からプロジェクトを立ち上げた結果、DPPの関連組織や専門家が国連CEFACTの活動に参画し始めているため、国連CEFACTにとっても大きな一歩になるものと考えられます。

次回からは、少し複雑に見えるUNTPについて、分かりやすく紹介していきたいと思います。

【脚注】

  1. https://thebatterypass.eu/wp-content/uploads/q-a_content-guidance_1.pdf
  2. 同上
  3. https://spec-untp-fbb45f.opensource.unicc.org/docs/about/
  4. https://uncefact.unece.org/download/attachments/249331714/DPP%20and%20CRM%20for%20batteries5.pdf?api=v2
  5. 同上
  6. https://uncefact.github.io/project-crm/docs/about/faq
  7. https://uncefact.github.io/project-crm/docs/about/goals