2025.10.20 おすすめ記事

CRMプロジェクトシリーズ(3)国連透明性プロトコル(UNTP)

国連透明性プロトコル(United Nations Transparency Protocol:UNTP)は、CRMプロジェクトから提案されたDPP(デジタル製品パスポート)の相互運用性と信頼性の問題を解決することを目指すプロトコル(決まり事)です。今回はまず、UNTPが求められた背景と課題について紹介していきます。

始まりはEUグリーンディール

DPPの始まりはEUのグリーンディール(EU Green Deal)です。これは、温室効果ガスの排出量を2030年までに55%、2040年までに90%に削減して、2050年までに気候中立(Climate-neutral。カーボンニュートラルとほぼ同義だが、二酸化炭素だけでなく、その他すべての温室効果ガスの排出量をコントロールする取組み)を達成することで、EUの経済モデルを循環経済へ移行させることを目指すものです。グリーンディールを確実に進めるため、エコデザイン規則(ESPR:Ecodesign for Sustainable Products Regulation)が戦略の一つとして制定されました。この規則はEU市場に進出する製品を、そのライフサイクル全体にわたってより持続可能なものにしていくことを目的としています。製品の耐久性と信頼性、リユース性、修理の容易さ、再生材の含有量、リサイクル可能性といった面にフォーカスしています。そして、このエコデザイン規則を実現するためのツールの一つがDPPです。

エコデザイン規則下におけるDPPの概念

エコデザイン規則の条文ではDPPの概念が詳しく説明されています。ひとことでまとめると、「DPPは、適用される法律によって指定された情報を含んだ、データキャリア(バーコード、QRコード、電子タグなど、読み取り可能な形式で情報を表示するもの)を通じて電子的にアクセス可能なデータセット」です。自動車バッテリーと繊維のように異なる種類の製品では適用される法律が異なるため詳細なデータセットの内容は異なるものになりますが、基本的には以下の情報が含まれる必要があります。

  • 製品の基本情報:ユニーク(一意)識別子、GTIN商品識別コード など
  • サステナビリティ(持続可能性)に関する情報:修理可能性スコア、懸念物質情報 など
  • コンプライアンス関連情報:適合宣言書、技術文書 など
  • 取扱情報:ユーザーマニュアル、安全情報 など
  • 事業者情報:製造業者や輸入業者の名称、連絡先、事業者のユニーク識別子 など

エコデザイン規則におけるDPPの必須条件

製品の種類ごとに(適用される法律が異なることで)DPPが持つコンテンツが多少異なっていたとしても、DPPの機能を発揮するための必須要件があります。例えば、DPPはデータキャリアを介して製品のユニーク識別子と永続的に繋げなければなりません。そしてそのデータキャリアは製品自体または包装、製品の付属文書に物理的に記載することが必要です。また、DPP内の情報のセキュリティも重要視されます。特に消費者の個人データ(保証を得るためにユーザー登録された情報など)は明示的な同意がないと勝手に保存できません。その他、前回で言及した相互運用性も、エコデザイン規則で定められたDPPの必須要件になります。

エコデザイン規則はこのようにDPPの必須要件を明示しましたが、適正なDPPの実装方法までは設計・指定されていません。そのため、いざ実装するとなった際に、DPP要件を損なう可能性のあるさまざまな課題が浮かび上がってきました。

課題(1)プラットフォームやソリューションのサイロ化

貿易円滑化を目的とするプラットフォームやソリューション、それらを提供するベンダーは数多く存在します。数が多いこと自体はプレイヤーの増加や多様性の観点からも歓迎すべきことですが、問題は数多いツールがお互いに繋がらないケースが多いことです。データフォーマットの不一致はもちろんのこと、前述の通りDPPは業界や製品毎に異なるそれぞれの法律に従って異なる情報と基準を格納します。そのため、業界や製品に特化した情報システムがサイロ化されて相互運用性が欠けてしまい、業界を横断した情報交換が困難になるという点が一つ目の課題です。

CRMプロジェクトの主力メンバーであるSteve Capell氏は、同氏が出演したYouTube動画において、この課題を銀行間取引の比喩で説明しています。曰く、銀行間取引において相互運用性を提供するSWIFT標準がなければ、銀行間の送金が不可能であったという点です。つまり、相互運用性はそれを支えるための標準や規格が存在し、かつそれを皆が利用することで初めて実現できるということです。

課題(2)機密情報の適切な保護

DPPに製品情報を投入する際、最終製品のためのサプライヤーや原価といった秘匿したい情報、さらには製造に関わる企業秘密まで求められる可能性があります。それでは競争上重要な情報が競争相手に漏えいしてしまうではないかという懸念が生じます。より深刻なケースになると、知的財産が侵害されて企業が大きな市場優位性を失うリスクにもつながります。そのため、DPPを始めとした透明性確保のためのツールには、サプライチェーン上の関係者が環境・サステナビリティ情報の共有を可能にさせる一方で、機密情報を適切に保護する仕組みも不可欠です。

UNTPプロジェクトが注目するその他の課題

情報の正確性や相互運用性、機密情報のリスクに加えて、UNTPプロジェクトはほかの課題にも注目しています。例えば、デジタルデバイド(デジタル技術を活用できるスキルの高低差から生じる問題)への対応、ビジネスケース不足による新技術導入の停滞、デューデリジェンスを果たす義務、既存識別子との互換性といった点です。プロジェクトチームはこのプロトコルを構築する過程で、これらの課題に対する解決策を模索してきました。その具体的なアプローチについては、次回の記事でご紹介します。

まとめ

今回は、DPPが確立された背景と、実際の運用に向けた課題を紹介しました。次回はUNTPの具体的な仕組みを解説していきます。やや複雑な説明が増えてしまうかも知れませんが、できるだけ分かりやすい説明を目指します。

 

参考文献・URL