2025.12.03 おすすめ記事

CEFACT標準ことはじめ(1)理想と現実

日本政府が進める貿易手続デジタル化の施策の一つとして、国際標準に準拠した貿易分野データ連携の推進がうたわれています1。そこでは国連CEFACT標準の活用と国際標準に沿ったデータ連携の推進を通じて、貿易手続のデジタル化と国際互換性の確保が目指されています。このように、国連CEFACT標準は上手に活用できれば貿易手続のデジタル化を進める上で役に立つものであると考えられます。ただ、先に解説記事を紹介しているUNTPもそうですが、国連CEFACT標準の具体的な内容について貿易関係者に広く理解されているか?というと、そうと言い切れないのが現状です。

そこで、今回から「CEFACT標準ことはじめ」と題して、国連CEFACT標準のあれこれについて、国連CEFACTが発行する情報をベースに解説するシリーズを始めます。

まずは国連CEFACT標準の中核的存在である「コアコンポーネントライブラリ」と「コアコンポーネント技術仕様」について。それらが目指す理想を紹介しつつ、現実における普及の壁を見てみましょう。

グローバルな「共通言語」

国連CEFACT(貿易円滑化と電子ビジネスのための国連センター)は、国内および国際的な取引を円滑化し、グローバルな商取引の成長に貢献することを目的として活動しています。そのため、プロセス、手続き、情報フローの簡素化と調和を推進しています。この取組みの技術的な基盤として、UN/CCL(Core Components Library=コアコンポーネントライブラリ)とUN/CCTS(Core Components Technical Specification=コアコンポーネント技術仕様)を提唱しています。

CCLとCCTSは、電子商取引や行政手続きなど、異なる組織やシステム間で情報をスムーズにやり取りするための「国際的な共通言語」の「単語帳と文法書」のようなものです。

紙の書類では、人間は文脈から意味を推測できます。しかし、デジタルな電子メッセージでは、コンピューターが正しく解釈できる形でデータを提供する必要があります。この自動解釈がうまく機能するためには、情報を送信する側(輸出者)と受信する側(輸入者、税関など)の両方が、そのデータ(例えば「都市名」「個数」)に対して同じ理解をしなければなりません。

CCLは「共通の辞書」であり、やりとりされるデータの最小単位(要素、データコンポーネント)に、共通のセマンティクス(※)を定義するものです。
(※)情報の意味が、同じ情報を扱う人やシステムが異なっても、同じ意味で理解されること(意味の一貫性)

CCTSは「共通の文法」 で、基本コンポーネントを作成するための厳格な方法論です。ここまで読むと「IT技術者のための規格ではないか?」「特定少数の取引関係なら、自分たちで決めたルールで十分ではないか?」という疑問が生まれるものと思います。確かに、これらは情報システムを設計する情報技術の専門家に必要なものですが、最終的には荷主や行政機関を含むすべての貿易関係者にメリットをもたらします。あくまで理想論ではあるものの、どんなメリットが考えられるのか、以下で紹介していきます。

メリットは、使う側にも作る側にも

CCLが提供する共通の定義を貿易関連システムに適用できると、データそのものではなく、「データの持たせ方」に共通性が生まれます。これによって、異なるシステム間であってもデータの意味に一貫性が保てるようになるため、データの自動処理効率が飛躍的に向上します。異なるシステムごとにデータ変換を繰り返すこともなくなり、標準化のメリットを存分に享受できるようになるでしょう。

曖昧さの解消と重複の削減

標準がない状態でのシステム構築には、以下のような混乱や非効率が発生しがちです。

  • 曖昧さ:たとえば、「都市名」というデータがあった場合、それが目的地(輸入者)の都市名なのか、発送元(輸出者)の都市名なのか、運送経由地の都市名なのか、システムは区別できません。
  • データの冗長性(重複):曖昧さを避けるために、利用するたびに「仕向け地の都市名」「発送元の都市名」と修飾語をデータに追加する必要が生じ、冗長なデータが必要になります。

こういった問題を解決するため、CCLではこのようなケースにおいて「基本コンポーネント(例えば「都市名」)」を「集合コンポーネント(例えば「住所」)」としてグループ化し、さらにそれを「ビジネス文脈(例えば「出荷先」)」と関連付ける、といった厳格な方法論(CCTS)を用います。これにより、修飾語を何度も付け加えることなく、データをより正確に、かつ効率的に送信できるようになります。これは、システム利用者である(つまりシステム開発・運用のコストを最終的に負う発注者でもある)荷主にとっても直接的なメリットとなる仕組みです。

繋ぎやすいシステム作り

さて、CCLとCCTSそのものは無料で公開されており、誰でも利用できます。こういったフリーのグローバル標準があるおかげで、ITベンダーはゼロからデータ定義を開発する必要がなく、また特定のITベンダーの知的財産でもないため、いわゆるベンダーロックインも回避できます(ただし、CCLやCCTSを活用するノウハウは別のお話)。

また、CCTS/CCLのデータ定義は、特定のシステム開発言語や構文に依存しないよう設計されています。そのため、個社システムや業務アプリケーションをはじめとした貿易手続デジタル化ソリューションに普及していけば、異なるシステム間でのデータ共有のハードルが下がることが期待できます。

特定少数の関係だけでは「真の貿易DX」は達成できない

「輸出者と輸入者の関係は特定少数であり、セマンティクスは既に共有されている」という考え方は、二社間取引の視点では合理的です。しかし、国際貿易は二者だけで完結するものではありません。

サプライチェーン全体の相互運用性の確保

貿易データは、輸出者、輸入者だけでなく、行政機関(税関など)、運送業者、銀行、保険会社といった不特定多数のステークホルダーの間で交換されます。

  • 複数のビジネス状況を横断する標準:たとえ輸出者と輸入者が個別にセマンティクスを合意したとしても、その取引データを税関や運送業者のシステムに送る際、個別の定義では通用しません。CCLとCCTSは、複数のビジネス状況を横断した最大限の再利用性を可能にし、情報相互運用性のサポートと強化を実現します。
  • グローバルな取引円滑化:国連CEFACTは、行政機関、産業界、および民間企業の間の貿易データ情報の交換を改善することに焦点を当てています。特定少数の合意ではなく、世界共通の標準に従うことで初めて、このサプライチェーン全体の連携が実現します。

柔軟な保守性とコスト削減による持続可能性の確保

個々の企業間で独自のデータ定義を取り決めた場合、プロセスや規制が変更されるたびに、関係するすべての取引先と定義を調整し、システムの改修を行う必要があります。

  • 標準かつ柔軟な継続的メンテンナンス:CCLは、国連CEFACTによって継続的にメンテナンスされ、特定のビジネス文脈から独立した概念的要素として管理されるため、新しい規制や業界プロセスが導入されても、情報の意味が正確に維持されます。

その結果、荷主は、自社の取引ルールや関連するデータ定義を頻繁に更新する必要がなくなり、莫大な手間と費用を削減できます。

国連CEFACTの標準は、多くのプレイヤーがこぞって採用したくなるほど普及すれば、貿易関係者が低コストで、正確に、そして世界中のすべての関係者とスムーズに行うためのグローバルな共通言語、つまりソフトウェア的なインフラになる可能性があります。特定少数の関係性に閉じこもるのではなくグローバルな標準を活用することこそが、デジタル時代における真の貿易DXと競争力強化への道筋となると言えるでしょう。

ここまでのまとめ。現実に立ち返ると?

ここまでお読みいただくと、「なんでそんな良さそうなものがロクに知られていないのか」「具体的に使うにはどうしたらいいのか」「何かリファレンスとかガイドブックはないのか」というような疑問が生まれてくると思います。具体的な使い方も分からず、誰がどこでどのように使っているのかもはっきりしないものはもはや標準とは呼べないわけで、こういった疑問が国連CEFACT標準の普及に対する大きな壁であると言えるでしょう。

これら疑問に対する答えを探るため、まずは何回かに分けてCCLやCCTSの紐解きを進めていきたいと思います。しばらくお付き合いください。(つづく)

参考資料

【脚注】

  1. 貿易プラットフォームの利活用推進に向けた官民合同検討会「貿易手続デジタル化に向けたアクションプラン」進捗報告:スライド18「11. 国際標準に準拠した貿易データ連携【経産省】(https://www.meti.go.jp/shingikai/external_economy/digital_trade_platform/pdf/g_001_03_01.pdf)