2026.04.14 おすすめ記事

越境EC時代の貿易手続デジタル化に欠けている視点 ――「見えない情報断絶」をどう是正するか

この記事では、貿易手続デジタル化というテーマについて私たちにも大変身近な海外通販、つまり越境ECをテーマとして、その裏で発生している課題を掘り下げます。2020年代に入り越境ECが爆発的に拡大したことを契機に、対処療法ではもはや解決できないレベルになりつつあるこの課題について、本当の意味でのデジタル化という観点から真剣に考える時期が来ていることについて提言を試みます。

貿易手続デジタル化はどこまで進んだのか

貿易手続のデジタル化は、長年にわたり、我が国の貿易における物流・金流・商流の課題として議論されてきました。特にBtoBの国際貿易分野では、貿易データの相互運用性の低さやB/L(船荷証券)をはじめとする書類の電子化の遅れが取引の非効率性や脆弱性を招いていると指摘されています。

近年は、電子B/Lの法制化に向けた動き貿易手続デジタル化サービスの普及に向けた取組みなどを通じてこれらの問題を克服しようとする試みも活発化しています。しかし、こうした議論の多くは企業間取引を前提としており、私たちの日常生活に最も近い「貿易」である越境EC(海外通販)については、十分に光が当てられてきたとは言えません。

「完全デジタル」に見える越境ECの裏側

スマートフォンを使って海外の商品を通販サイトで注文すれば、表示は日本語、価格は円建て、決済も国内通販と同じ感覚で完了し、数日後には自宅に商品が届きます。この体験だけを見ると、越境ECは貿易手続のデジタル化が最も進んだ分野であるかのように思えます。

しかし、その裏側ではとてもデジタルと言い難い処理が行われています。注文時に日本語で入力された氏名や住所は、海外の物流現場において英語(ローマ字)表記に変換され、貿易書類として作成されます。この変換は、統一されたルールや本人確認に基づいて機械的に行われているわけではなく、多くの場合、個々の事業者や現場の判断に委ねられています。その結果、氏名や住所の誤表記や表記揺れが頻発し、輸入時の通関実務において確認や修正が必要となるケースが後を絶ちません。

【参考図】通販貨物の通関処理フローの例

【参考図】通販貨物の通関処理フローの例

なぜ問題が表面化しなかったのか

こうした誤りは、決して最近始まった問題ではありません。それでも、これまで大きな社会問題として表面化してこなかったのには理由があります。

多くの通販貨物は、日本語表記の宅配便伝票が現地で貼付し輸出されます。仮に通関書類上の記載が不正確であったとしても、輸入許可さえ下りれば、最終的には消費者の手元に届いてしまっていました。

しかし、状況は大きく変わりました。ここ数年、越境ECの急拡大により輸入申告件数は急増し、年間2億件に迫る規模となっています。個々の貨物では些細に見える誤りであっても、この膨大な件数の中では通関現場に大きな負荷を与え、遅延や審査精度の低下といった問題を引き起こし始めています。

利便性の裏側にある「安全・安心」の課題

問題は、通関現場の非効率性だけにとどまりません。

多くの通販サイトでは購入時に本人確認が行われておらず、決済が通りさえすれば偽名や虚偽の住所であっても注文が成立してしまいます。こうした仕組みは、不正輸入やなりすましを容易にするリスクを内包しています。

実際、知的財産権侵害物品や不正薬物に加え、実銃と変わらない性能を持つモデルガンが通販貨物として輸入されていた事例も報告されています。

大量の貨物が日々流入する中で「誰が、何を輸入しているのか」が十分に把握できない状況は、社会全体にとって看過できない課題です。

違法な海外製玩具拳銃にご注意

違法な海外製玩具拳銃にご注意(出典:警察庁ホームページ)

解決策は事後対応ではなく「源流」にある

こうした問題に対しては、通関段階での確認や規制を強化するだけでは限界があります。重要なのは、問題が発生してから対応するのではなく問題が生じる源流に立ち返ることです。

具体的には、通販の「注文時」という段階において、

  • 購入者の本人性が確認され、
  • 日本語の氏名・住所と、それに対応する英字表記が確定され、
  • その情報が物流・通関まで一貫して利用される

といった仕組みを構築することが不可欠です。

貿易手続のデジタル化とは、単に紙の書類を電子化することではありません。同一の人物・貨物に関する情報が、取引開始から通関に至るまで分断されることなく一貫して利用できる状態を実現することこそが、その本質だと言えます。

既存の仕組みを活用した現実的対応

とはいえ、越境ECの源流管理を実現するために新たな制度や識別子(コードやID)をゼロから創設することは、時間やコスト、社会的受容性の面から見て、現実的ではありません。

この点、商業貨物分野において長年にわたり運用されてきた既存の識別コード、例えば日本輸出入者標準コード(JASTPROコード)などは、和英情報の管理や通関実務との親和性という観点から、一つの現実的な選択肢となり得ます。

ただし、重要なのは特定の制度を導入することそのものではありません。源流で確定した正確な情報を、以後のプロセスにおいてそのまま利用できるという設計思想を、越境ECにも適用することこそが求められているのです。

おわりに

越境ECは、買い物生活の利便性を飛躍的に向上させました。一方で、その急成長は従来の貿易制度が想定してこなかった歪みを顕在化させています。

とりわけ、注文時に発生する情報の不確かさや分断が、結果として物流・通関の現場にしわ寄せされている点は、見過ごすことのできない現実です。

通販サイト側から見れば、決済が完了して商品が発送されれば取引は成立しているのかもしれません。しかし、その背後では表記揺れや本人性の不明確さといった問題への対応が現場の判断と努力に委ねられてきました。

こうした構造は、単なる業務効率の問題にとどまらず、結果として社会全体の「安全・安心」にも影響を及ぼしかねません。

貿易手続のデジタル化を真に前進させるためには、BtoBにとどまらず、BtoC、特に越境ECの「源流」に目を向ける必要があります。

誰が、何を、どこへ輸入しているのかという基本情報を、取引の入り口で正確に確定し、その責任を関係者全体でどのように担っていくのか。通販サイト事業者にも、その在り方が問われているのではないでしょうか。