前回はCRMプロジェクトの法務チームが作成した法的コンフリクトに関するホワイトペーパーより、電気自動車(BEV)用バッテリーのサプライチェーンにおいてDPPから生じ得る法的コンフリクトをまとめました。バッテリーのサプライチェーンは多くの国を跨いで構成されるため、様々な分野の法域(jurisdiction:法令の効力が及ぶ地域的な範囲)、及び業者間の契約の準拠法にコンフリクトが発生する恐れがあります。ホワイトペーパーでは、5つの法的協力(legal cooperation)のための原則が提案され、それにより協力を促進させることを通して法的コンフリクトを減らす期待が表明されました。シリーズ最終回である今回は、その原則を紹介していきます。
原則1:現存する法的枠組みを活用して国際法を構築
CRMがグローバルな課題として認識されるようになったのは比較的最近のことであり、デジタルトレーサビリティと組み合わせた概念も近年のトレンドとなっています。ホワイトペーパーでは、関係者がCRMデジタルトレーサビリティへの対応に迷わないように明確な国際法的枠組みを整備することが必要と指摘されています。一方、貿易や運輸などの分野においてはさまざまな条約やガイドライン、モデル法、業界標準が設けられています。これらはDPPとは異なる目的や対象範囲を前提として策定されているため、DPPによって新たに生じる課題をすべて網羅できるものではありませんが、CRMデジタルトレーサビリティ関連の国際法枠組みの構築にとって重要な参考資料となりえます。ここでは上記の分野での参考になる事例を説明します。
(筆者補足)以下紹介する事例は国際法枠組みの構築にとって重要な参考資料の紹介であり、ホワイトペーパーにおいてその活用方法までは言及されていません。今後関連するイニシアティブが始動した場合、その使い道について関係者で検討されていくことになると考えられます。
貿易に関連する法的枠組み
鉱物トレーサビリティ対策関連
紛争影響地域と高リスク地域に関連する鉱物のトレーサビリティ対策が参考になります。例を挙げると、キンバリープロセス認証制度によるダイヤモンドのための地域限定トレーサビリティシステムがあります。全世界が対象となるDPPとは範囲が異なりますが、重要な示唆を得られる可能性があります。
国際協定関連
CRMに関連する二国間または多国間協定も存在しています。例としてEUがオーストラリアやカナダ、チリなどと締結した持続可能なCRMサプライチェーンにおける基本合意書やEUと米国、オーストラリア、日本などがCRMプロジェクトのためのトレードファイナンス協力を確立するため結んだ鉱物安全保障パートナシップが挙げられます。ただし、これらの国際協定は関係者に特定の法的義務を課すことはできず、多国間の法的枠組みも制定されていません。
UNCITRALの基本ルール
DPPを導入する際、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)が定めた3つの基本ルールを遵守することが推奨されます。3つの基本ルールとは、それぞれ「技術的中立性」、「電子的情報の使用へ対する(その有効性の)非差別性」、「(紙ベース文書との)機能的同等性」です。
国連CEFACTの成果物
ホワイトペーパーでは、勧告第49号「Transparency at Scale – Fostering Sustainable Value Chains」のような国連CEFACTによる標準とベストプラクティスを参考とするよう提案しています。国連CEFACTの成果物は全世界に対して適用でき、かつ持続可能な発展をサポートするものであり、DPPの導入においても重視すべきとしています。
DPPの位置づけ
DPPの位置づけは、新しい貿易障壁などではなく、低コストかつ効率的に規制を満たすよう支援するツールであるべきとされます。
運輸
国際海事機関の規制関連
CRMの国際輸送は海運を通じて行われるのが一般的です。そこで、DPPも国連国際海事機関(IMO)が制定した条約や規制に従うべきと提言されています。具体的には、国際海上危険物規程(IMDGコード)における安全に関する文書の要件や、ポートステートコントロール(PSC)でCRM貨物を輸送する船舶が提出すべき説明文書の規定が挙げられます。
有害廃棄物の越境移動関連
バッテリーのリサイクルには有害廃棄物の越境移動が避けられません。ここで、そういった移動をモニターするバーゼル条約は重要な参考情報となります。また、国連CEFACTの上位組織であるUNECEは、バッテリーからCRMをリサイクルする際に参照できる法的枠組みを提供する電子バーゼル標準を開発しており、DPPに関連する政策づくりの際に参照する価値が高いと考えられます。
UNCITRALの電子的移転可能記録モデル法関連
UNCITRALの電子的移転可能記録モデル法(MLETR)、そして国連CEFACTが作成した同法のホワイトペーパーは、DPPが船荷証券(B/L。筆者注:ホワイトペーパー原文ではB/Lとのみ表記されているが、eB/Lを示していると考えられる)などの電子商取引ツールからデータを統合することに役立つと考えられます。
その他
国際標準
国際会計基準(IFRS)傘下のサステナビリティ開示基準やCRMに対する主要な管理連鎖モデルの一般的な枠組み・具体的なトレーサビリティ要件を提供するISO規格などを参考にすることが推奨されています。
労働慣行のトレーサビリティ関連
インド太平洋経済枠組(IPEF)のクリーン経済協定によると、労働慣行を認証し、サプライチェーンから強制労働を排除するために締約国がベストプラクティスを開発することが推奨されます。この仕組みは、DPPにおいても労働慣行コンプライアンスデータの追跡において参考にする価値を有していると考えられます。
原則2:強行規定と公共政策による例外への尊重
サプライチェーンの各段階においては、労働法や環境法のような、当事者の合意にかかわらず適用される強行規定(Mandatory Law)と、公共政策が定めた例外が存在します。各国間の協力を促進させるためには、そういった強行規定と例外が尊重されるべきと考えられます。もちろん、異なる主体間における法域の境界線への尊重はいかなる場面でも必要なマナーですが、ホワイトペーパーではこの原則について、より実質的な理由が説明されました。
データ越境と強行規定の調整不在がDPPの成立を阻害すること
まず、スムーズなデータ交換には各国間の協力が欠かせません。しかしながら、DPPはバリューチェーン全体にわたって集まったデータに依存する一方、サプライチェーンの下流国は上流や中流の国々のデータにアクセスする法的枠組みが欠如している可能性があります。
複数法域が並立する循環経済における単一基準モデルの限界
次に、従来の線形経済から循環型経済へのシフトによって、バリューチェーンにおける二次・三次消費市場が重視されるといった変化が生じ始めています。生産→利用→廃棄に基づく現在の線形経済モデルでは、消費市場がすべての取引条件を定めるパターンがよく見られますが、これはDPPがサポートする循環経済では適用できなくなります。循環経済では製品は二次もしくは三次消費市場にて再利用・リサイクルされるため、一次消費市場がサプライチェーン内の基準を単独で決定することはできず、他の市場や関係者の規定も考慮に入れる必要性が生じるためです。
規制不協調がもたらすコンプライアンス負担と相互運用性の低下
最後に、多国間協力が欠けている場合、バリューチェーンの関係者が複数の消費市場の法制度に従うことが求められます。これにより、事業者にとってコンプライアンスの負担が増し、DPPの拡張性や法的な相互運用性も低下してしまいます。こういった一連の悪影響を抑えるには、この原則で述べられているように、他国の法制度も尊重した協調が必要となります。
ホワイトペーパーでは、各CRMのサプライチェーンが例示され、主要各国の強行規定がまとめられています。例えばニッケルのサプライチェーンでは上流にインドネシアと中国、下流にEUと米国が関与します。上流国と下流国で類似する法律は以下のようにリストアップされています。
上流
| 対象範囲 | インドネシア | 中国 |
| 資源 | 鉱物・石炭採掘法 | 鉱物資源法 |
| 環境保護 | 環境保護・管理法 | 環境影響評価法 |
| 労働慣行 | 労働力法、雇用創出法 | 労働法 |
| 個人情報保護 | 個人情報保護法 | 個人情報保護法 |
下流
| 対象範囲 | EU | 米国 |
| EV用バッテリー | エコデザイン規則、バッテリー規則 | インフレ削減法 |
| 化学物質 | REACH規則 | 有害物質規制法 |
| 人権問題 | コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令 | 1930年関税法 |
ホワイトペーパーでは、国家間の強行規定がコンフリクトする場合、サプライチェーン参加者の期待を念頭に置いて、相応の配慮をもって解決されるべきであることが強調されています。
原則3:確実性と予測可能性の確保
サプライチェーンの透明性拡大が求められる一方、一部の関係者にとって過剰な透明性の義務付けは不確実性と予測不能性(uncertainty and unpredictability)の要因にもなります。これは、透明性を満たすための要件が自社の営業秘密漏えいやセキュリティ脆弱性の暴露につながることを懸念するからです。したがって、ホワイトペーパーでは透明性を際限なく求めず、適切な線引きをすることをアドバイスしています。
原則4:中小企業とグローバルサウスへの支援
原則1で言及されたように、DPPは貿易障壁になるべきではありません。そこで、サプライチェーンにおける中小企業やグローバルサウス(南半球の国、特に新興国や途上国)に対する配慮の必要性がホワイトペーパーでは指摘されています。具体的には、サプライチェーン下流国や大企業等から中小企業に対する資金、トレーニング、技術などの提供、同じくグローバルサウスに対する発展ニーズを考慮した一定期間のコンプライアンス免除や循環経済・ESG標準を確立するための資金調達や技術支援が考えられます。
原則5:相互承認の実現
ここでの相互承認とは、規制上の成果の相互承認を最終的な目標として想定した概念を指します。その第一段階として、上流国が適用する法律が下流国と異なっていても、上流国による規制上の結果(regulatory outcomes、例えば裁判の判決)が導かれた手続きに瑕疵がない限り、下流国は結果内容を問わずその結果を承認することとしています。ホワイトペーパーではそれを可能とする、大まかに定義された(loosely defined)相互承認協定の締結を推奨しています。さらに次のステップとして、各国の一部の同等の基準を取り入れて、規制上の成果を相互に承認し合う、より構造化された相互承認の枠組みへと発展させることが提言されました。
今回の総括
以上が、各国間の協調を促進し、法的コンフリクトを緩和することを目的としてホワイトペーパーで提示された5つの原則です。CRMバッテリーサプライチェーンの関係者に対し、大まかな方向性を示し、解決の糸口を失わないよう支援することが意図されています。
一方、これらの原則があるべき姿を描いた理想論に見えてしまい、現実的な制度設計のための手引きとしては使えないという印象を持たれるかもしれません。これは、ホワイトペーパーはルールブックではないという性質上、進むべき道と避けるべき道について必要な情報を提供したうえで、その判断を読者に任せるというアプローチをとっているためです。
貿易とそれを取り巻く環境が極めて複雑です。業界ごと、サプライチェーンごとに関与する国も関わる政策も異なり、一つの解決策をすべての状況に適用できるわけではありません。特に近年では不安定な国際情勢の中、貿易や物流の状況も刻々と変化していきます。もし特定の時点や状況を前提に対策を練っても、公表されたときにはすでに時代遅れになっている可能性もあります。したがって、このホワイトペーパーは、多くの利害関係者にとって参考となる中立的資料としてこれから取り組むべき範囲を特定しながら素早い対応を進めるための支援ツールを目指したものと言えるでしょう。
連載の終わりに
本シリーズでは、CRMに関わる国連CEFACTの取り組みを、CRMとは何かという基礎的な情報から、CRMプロジェクトの目的、プロジェクトの成果物であるUNTPの仕組み、さらに法的コンフリクトを整理し解決策の方向を示すホワイトペーパーを取り上げました。
判断基準の違いやサプライチェーン関連の各国の法規制を見れば、国境を越えるサプライチェーンにDPPを導入することの難しさや、関係者への負担の大きさがわかります。CEFACTが開発しているUNTPを活用することで、企業がデューディリジェンスを履行するための基盤を整えるといった一定の課題解決は期待できるかもしれません。しかし、サプライチェーン全体で正確な情報を円滑に共有するためには、各国が主体的に連携し、貿易に潜在する法的障壁を排除することが必要です。
協議の過程においてお互いの立場を尊重し、法的枠組みを構築していけば、サプライチェーンの透明性とトレーサビリティは向上し、グリーンウォッシングの抑止と循環経済への移行に貢献することが期待できます。