2026.06.23 おすすめ記事

越境EC時代の貿易手続デジタル化に欠けている視点 ――続・「見えない情報断絶」をどう是正するか

前の記事「越境EC時代の貿易手続デジタル化に欠けている視点 ――「見えない情報断絶」をどう是正するか」 では、越境ECの急拡大の裏で、通関の現場では手続上の問題が生じており、通関業者や税関の努力だけでは対応が難しいことを問題提起しました。今回の記事はその続編として、円滑な越境ECを目指す世界の動きと日本における対応を紹介し、見えてきた課題と今後目指すべき方向性を示してみたいと思います。

越境EC急拡大による問題は最近始まったことではなく、世界はそれを認識していた

越境ECの急拡大により、通関手続き上の問題の他にも、知的財産権侵害物品、不正薬物の密輸、関税・消費税の課税上の問題など様々な問題が生じています。昨年6月から財務省関税局は、有識者を集め「急増する少額輸入貨物への対応に関するワーキンググループ」を開催し、11月に「中間とりまとめ」1を発表しました。その中で、水際取締り上の課題と対応の方向性、輸入貨物への課税制度上の課題と対応の方向性などが議論され、その一部は令和8年度関税制度改正2に反映されました。

こういった問題は、日本だけでなく、欧州や米国においても生じています。ただし、日本では比較的最近から問題視され始めましたが、国際的にはコロナ禍前から問題として認識されており、世界税関機構(WCO)では、既に2016年の時点で越境ECについて国際的な標準が重要であるとして検討を始め、「国境を越える電子商取引に関する基準の枠組み(以下、「越境EC基準」)」を策定しています。

「越境EC基準」には、税関当局が取り組むべき課題と国際標準となる対応が示されています。通関手続の簡素化、公正かつ効率的な歳入徴収、安全・保安対策の確保といった税関の基本的機能に加え、官民及び国際的なパートナーシップの強化、公衆への周知・啓発、統計の測定・分析といった幅広い分野が対象とされており、先進的で意欲的なものです。(資料:国境を越える電子商取引に関する基準の枠組み2022年6月版(仮訳)

制度改正はどこまで進んだのか。WCO「越境EC基準」に照らしてみると?

「越境EC基準」はガイドラインであり、各国がそのまま従う義務があるわけではありません。しかし、越境ECの円滑化と適切な管理を両立させるうえでは、国際的な指針である各基準に沿って制度を整えていくことが重要です。

財務省の「中間とりまとめ」及び令和8年度関税制度改正を「越境EC基準」の各基準に照らしてみると、今回は、越境ECの急増に伴って顕在化した喫緊の課題に対し、優先度の高い分野から先行的に具体化が進められたものと見ることができます。

「中間とりまとめ」では、BtoC貨物について税関が適正・的確なリスク判定を行うためには正確かつ十分な情報に基づく輸入申告が不可欠であるとされ、プラットフォーム事業者との連携を通じた情報入手、簡易・迅速な通関手続の適正利用、一部保税業者・通関業者の不適正事案への対応が打ち出されました。また、令和8年度関税制度改正では、保税業者に対する業務改善命令の創設等と、課税価格決定の特例の廃止が盛り込まれ、水際取締りの実効性確保と課税の公平性の是正が制度面で具体化されました。その意味で、今回の対応は一定の前進といえますが、プラットフォーム事業者との情報連携については、なお具体化が見送られています。

「越境EC基準」との関係でみると、「実現」と評価できるのは基準10(不正行為・不正取引の防止)にほぼ限られます。基準3(データ品質)、基準4(リスク管理)、基準6(簡素化通関手続)及び基準8(歳入徴収)については、関連する制度改正や運用強化は見られるものの、各基準が求める対応の一部にとどまっています。他方で、基準2(国際標準の活用)、基準5(非侵襲的検査技術及びデータ分析の活用)、基準7(越境ECへのAEO概念の拡張)、基準11(政府機関間の協力及び情報共有)、基準13(国際協力)、基準14(公衆認識・アウトリーチ)、基準15(測定の仕組み)、基準16(技術開発・イノベーションの活用)については、今回の「中間とりまとめ」や制度改正では十分に具体化されていません。

また、基準1(事前電子データの法的枠組み)、基準9(少額免税)、基準12(官民パートナーシップ)については、必要性や検討の方向性は示されているものの、法制度上の具体化には至っていません。総じてみると、日本の現行対応は、喫緊の課題への対処としては前進している一方で、WCO基準が想定する事前情報の法制度化、国際標準の活用、官民連携、技術活用といった構造的対応には、なお大きな隔たりがあるといわざるを得ません。

詳しくは、資料:WCO越境EC基準と制度改正の対応関係 を参照ください。

前稿の問題意識をWCO基準に照らして捉え直す

では、前稿で取り上げた問題意識は、「越境EC基準」との関係でどのように位置付けられるのでしょうか。ここで見えてくるのは、問題の所在が単なる通関実務の厳格化にとどまらず、注文時点から始まる情報のつくり方そのものにあるという点です。

前稿での指摘事項は、基準1(事前電子データの法的枠組み)、基準3(データ品質)、基準12(官民パートナーシップ)と密接に関連し、これに加えて、基準4(リスク管理)、基準10(不正防止)、基準11(政府機関間協力)ともつながっています。つまり、越境ECの問題を通関段階の末端処理だけで捉えるのではなく、「注文時の本人確認・データ確定・情報の一貫利用」という源流設計の問題として捉え直す必要があるということです。

詳しくは、資料:tradigi.jpの指摘事項と越境EC基準の対応関係 を参照ください

この点は、「中間とりまとめ」が、税関の適正・的確なリスク判定には正確かつ十分な情報に基づく輸入申告が不可欠であると指摘していることとも重なります。もっとも、現状のEC注文では、注文者本人の確認は必ずしも行われていません。そのような状況で入力された氏名や住所について、通関現場の末端で厳格に審査したとしても、もともとの情報の信頼性が担保されていなければ実効性には限界があります。さらに、その十分に確認されていない情報を通関業者が手渡され、確認責任を負わされることは、制度設計として合理的とは言い難いでしょう。だからこそ、注文時点で本人性とデータの正確性を確保し、その情報を物流・通関まで一貫して使える仕組みを整えることが重要になります。

見えてきた課題と今後の施策の方向を三つ提案したい

今後の施策としては、まずプラットフォーム事業者等との連携を前提に、注文時点で本人確認を伴う形で注文者情報を確定し、そのデータを物流・通関まで一貫して利用できる法的・技術的な枠組みを整えることが求められます。

次に、氏名・住所の表記ゆれを減らす標準化や識別子の活用を進め、源流で確定したデータが途中で変質しない仕組みをつくる必要があります。識別子の具体例としてはまずマイナンバーが思い浮かびますが、マイナンバーは法令上、社会保障・税・災害対策など一定の事務に利用が厳しく限定され、提供や収集にも強い制約があります。そのため、越境ECにおける注文者確認や通関実務のための汎用的な識別子として用いることには、制度上まず大きなハードルがあります。加えて、現行の貿易実務との接続を考えると、マイナンバー自体には英文表記の氏名や住所情報がなく、そのまま越境取引の実務に使えるわけでもありません。こうした制度面と技術面の両方を踏まえると、少なくとも現時点では、マイナンバーをこの分野の実務的な識別子として用いるのは難しいと考えざるを得ません。手前味噌になりますが、JASTPROコードは、貿易手続における識別子として1983年から40年以上にわたり利用されてきた実績があり、法人だけでなく個人(個人事業者)にも利用されています。したがって、新たな仕組みを一から構築するのではなく、JASTPROコードのように既に実務で使われ、一定の蓄積があるサービスをどのように活用できるかを選択肢として検討していくべきでしょう。

最後に、税関、関係省庁、民間事業者の間で情報共有を進め、限られた検査資源を高リスク貨物に重点配分できる体制へと転換していくことが重要です。通関現場だけに負担を集中させるのではなく、注文時点から国境管理までを一つの流れとして設計し直すことが、これからの越境EC対応には欠かせないと考えています。

【脚注】

  1. 急増する少額輸入貨物への対応に関するワーキンググループ「中間とりまとめ」report_20251121.pdf
  2. 令和8年度関税制度 bessi.pdf