2026.10.13 おすすめ記事

通関DX調査詳説(3)通関DX課題の背景に潜む構造的問題

tradigi.jpを運営する一般財団法人日本貿易関係手続簡易化協会(JASTPRO)は、公益目的継続事業の一環として「通関業務DXおよびデータ連携に関する実態調査」(調査期間本年5月18日~6月19日)を実施し、報告書を7月中旬にプレス発表しました。tradigi.jpでは速報版として概要をお伝えしていますが、本調査から見えてきたことをさらに深掘りする連載をお届けします。第3回は「通関DX課題の背景に潜む構造的問題」です。

調査概要と本連載の予定

本調査では、2025年12月現在の被許可者997社に調査票を郵送し、オンライン回答により352社 (35% )から回答を得ました。業界団体である日本通関業連合会様、各地通関業会様より会員企業への回答を呼び掛けていただいていたこともありますが、この種の調査としては高い回答率であり、通関業界におけるデジタル変革(DX)への関心の高さのみならず、現状の業務・業界構造に対する強い危機感の表れであると感じました。
改めて、ご協力いただいた通関業者各社ならびに回答者の皆様、日本通関業連合会、各地通関業会の皆様にお礼申し上げます。

本連載は、全6回にて以下のテーマで掲載しています。

本当の原因は「通関業者の中」にあるのか

前回は、通関DXを阻む具体的な課題として、手入力の多さ、取引先ごとの仕様の違い、システム改修コストの高さなどを見てきました。これらは確かに現場が日々直面している問題です。

しかし、その原因を「IT投資不足」や「人材不足」だけで説明することはできません。

今回の調査結果から見えてきたのは、通関業界のDX停滞の背景には、企業規模による格差だけでなく、業界構造そのものに起因する問題が存在しているということです。むしろ、多くの課題は個社の努力だけでは解決できない領域にあります。

中核層を苦しめる「転記作業の罠」

今回の調査で最も注目すべき存在は、中核層(従業者6~50人)の企業群です。

大規模層ほどのシステム投資余力はないものの、業務量の増加に対応するため、自社開発システムやパッケージシステムの導入を進めています。その意味では、最も積極的にDXへ取り組んでいる層ともいえます。

ところが、その成果が十分に現れているとは言えません。

中核層では、「手入力が必要となる」が55%と最大の課題となっています。また、「取引先ごとに対応が異なり負担が大きい」が45%に達しています。

その理由は、自社システムの外側にあります。

社内ではデジタル化が進んでいても、顧客から届く情報は紙、PDF、メール、Excelが中心です。その結果、担当者は受領した情報を確認し、自社システムに入力できる形式へ変換し、転記しなければなりません。

本来、システム化は人手を減らすためのものです。しかし現実には、自社システムが整備されるほど、その入口で発生するデータ整形や再入力の負担が目立つようになります。

本報告書では、この現象を「転記作業の罠」と呼んでいます。システム化が進むほど外部との非互換性がコストとして顕在化するという、通関業界特有の矛盾です。

情報格差がDX格差を再生産する

もう一つの構造問題が「情報格差」です。

図表1:情報入手の充足度

大規模層はシステムベンダーや業界セミナーなどから最新情報を入手し、多様な選択肢を比較しながら投資判断を行っています。一方、マイクロ層では「特に情報収集はしていない」や「どこから情報を得ればよいか分からない」とする回答が目立ちます。

その結果、

  • 情報が集まる企業はさらにDXを進める
  • 情報が不足する企業は現状維持を選ぶ

という構造が生まれています。

実際、マイクロ層では「特に大きな課題は感じていない」という回答が相対的に多く見られました。これは問題が存在しないという意味ではなく、問題認識に至るための情報や比較対象が不足している可能性を示しています。

こうして情報格差が投資判断の格差を生み、その結果としてDX格差が再生産されているのです。

荷主最適が生み出す「負荷の押し付け」構造

さらに重要なのは、今回の調査で明らかになった課題の多くが、通関業者だけの努力では解決できないという点です。

通関業者は、荷主、フォワーダー、倉庫事業者、船会社などから情報を受け取り、それを税関申告用のデータへ変換する役割を担っています。言い換えれば、通関業者はサプライチェーンにおける「情報の結節点」です。

そのため、自社内のシステムをどれだけ高度化しても、上流から受け取る情報がPDF、紙、メール本文、Excelなどであれば、最終的には人手による確認や加工が必要になります。調査でも、PDF・紙書類によるやり取りが88%、メール本文からの転記が73%という結果でした。

しかし、これは単に荷主側のデジタル化が遅れているという話ではありません。

荷主側から見れば、通関業者は取引先の一つに過ぎません。輸出入する地域や貨物の種類によって複数の通関業者を利用している企業も少なくありません。また、通関業者ごとに利用システムや運用方法が異なるため、荷主側が個別にシステム連携を構築する合理性は必ずしも高くありません。

加えて、両者のビジネス上の力関係から、情報提供の形式を通関業者側から強く求めにくい面もあります。さらに、通関業者側にも、顧客サービスの一環としてこうした変換作業を引き受けてきた土壌があります。

その結果、荷主は最も汎用的で扱いやすいPDFやExcelで情報を送付し、通関業者側が自社システムに合わせて加工・入力する役割を担うことになります。

つまり、荷主側の効率性が、通関業者側の追加作業によって支えられているのです。

大規模層で「データ項目やコード体系の不統一」が74%、「取引先ごとの対応負担」が52%という高い数値を示している背景には、この構造があります。システム化が進んでいる企業ほど、取引先ごとの仕様差異を吸収するコストに苦しんでいるのです。

通関業界におけるDXの停滞を「通関業者のIT投資不足」とだけ捉えてしまうと、本質を見誤ります。

真の課題は、荷主、フォワーダー、通関業者をまたいだ情報連携の仕組みが標準化されていないことにあります。そして、その不十分な相互運用性によって発生する調整コスト、変換コスト、転記コストが、サプライチェーンの結節点である通関業者へ集中的に押し付けられているのです。

DXを難しくする「暗黙知」の壁

さらに、通関業界には他業界とは異なる特徴があります。

それは、業務の中核部分に高度な専門判断が存在することです。

今回の調査では、「関税品目分類の支援・決定、関税計算」が、10の業務タスクの中で最もデジタル化が進んでいない領域でした。デジタル化進捗度は23.3点と最低水準です。

HSコードの判定は、単に商品名を見れば決まるものではありません。

材質、用途、加工状況などを総合的に判断しなければならず、経験豊富な通関士の知識や判断に依存する部分が大きくなっています。

AIやシステムの進化によって支援は可能になるでしょう。しかし、少なくとも現時点では、人間の専門判断を完全に置き換える段階には至っていません。

この「暗黙知」の存在は、通関業務のデジタル化が単なるシステム導入では完結しないことを示しています。

図表2:規模別、タスク別のデジタル化進捗状況

通関DXは個社の問題ではなく業界の問題

ここまで見てきたように、通関DXの停滞には複数の構造問題が存在しています。

  • 大規模層と中小規模層のデジタル格差
  • 中核層を苦しめる転記作業の罠
  • 情報格差によるDX格差の再生産
  • 荷主最適による負荷の押し付け構造
  • HSコード判定に代表される専門判断業務の壁

これらはいずれも個社単独では解決できません。

通関DXの本質的な課題は、個々の通関業者の努力不足ではなく、サプライチェーン全体の情報連携の仕組みと業界構造にあります。

だからこそ必要なのは、個社ごとのシステム導入競争ではなく、業界全体での標準化と共通基盤の整備です。

次回は、こうした構造問題を踏まえたうえで、通関DXを前進させるために何が必要なのかを考えてみたいと思います。(つづく)